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あけましておめでとうございます。

夏休みの韓国旅行の記事も終らぬまま、年越ししてしまいました。

ま、そんなコトはココでは良くある事でして

今年も宜しくお願いしますでございます。



さてさて、新年早々なんですが

   もう、いいかなぁ

とも思ったんですが

去年の事を振り返ってみたいと思います。



去年はフクロウとぉちゃんが前厄という事もあり

ちょっと大人しめに日々を過ごしていました(多分・・・)。

詳細はコチラで  『福来朗家の写真日記~時々、絵日記~』

そして、10月以降からフクロウ家はダークなシーズンに突入しました。

ジィさん(実父)が肺炎で入院。

以前から咳がひどくて、4月くらいから通院はしていたんですがね

10月の連休でちょっと風邪をひいた関係で症状が悪化。

そこで家族が呼ばれ、ジィさんの病状について初めて聞かされたわけです。

肺炎は肺炎でも難病指定されている肺炎だったわけ。

ジィさん、あんまり重く捉えてなかったみたいでね

今、思うと悔やまれるばかりなのです。

先生から

   このまま、放っておくと3週間もたない

突然の余命宣告に唖然。

   適切な施設で治療をすれば、少しは延命できるであろう

ということで、紹介状を持って病院へ連れて行ったのです。

歩くのもキツそうな姿に車椅子を借り、院内を移動。

検査結果を待たずに入院の手続き。

原因が不明で治療薬も治療方法も確立されていない為、暫定的な治療しかないという事。

難病指定なので、治療費等が高額になる可能性もあるから補助金などの申請手続きを早めにする事。

などなど、担当医から色々と説明を受けました。

その日から、母とフクロウ夫婦は病院で過ごす日々が続きました。

熊本の兄、東京の姉も休みを取り、帰ってきました。

日を追う毎に症状が重くなっていく父。

最後の3日間は何をしていたか、よく覚えてないです。

最期を看取ることは出来ませんでしたが、不思議と寂しさよりも

育ててくれたことへの感謝の気持ちで一杯になった私。

宣告どおり、3週間で旅立った父。

何も出来なかった3週間だったけど

父の為に出来る限りの事をした3週間でした。

自己満足だと言われても構わない、悔いなく親孝行が出来た気がします。


父との最後の別れの日。

棺に誕生日に贈ったハンチング帽を入れてあげました。

入院するその日、照れくさそうにハンチングを被り

   どう?

と聞いてきた父がいました。

被ってくれたのは、それが最初で最後でした。

母が教えてくれました。

いつもはダラダラと準備をする父が、自分で全て準備し、

ハンチング帽を出して嬉しそうにしていたという事を。

似合ってたなぁ・・・(笑)


そんなこんなで、亡き父の後始末をする日々が続いていた11月末。

母が

   おなかがチクチク痛いんだよね・・・。

病院に行き、検査をしてみたところ腫瘍が見つかりました。

父の四十九日が終わり、ヒナ達の終業式の日

今度は母が入院することになりました。

クリスマスの翌日、摘出手術。

父に

   寂しいからって、連れて行くなよ(怒)

と願う。

手術は無事に終わり、他への転移は現状大丈夫そうな感じ。

まだ、検査結果待ちだけど、術後も順調に回復している母。

1月中には退院できるかと思います。


今年はとぉちゃんが本厄、しかも大厄っていうことで

更に大人しめに日々、過ごして生きたいとおもいます。

平成25年もフクロウ家は細々と突っ走ります。

ってことで


ヨ ロ シ ク
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